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カテゴリー「ウェブログ」の160件の記事

2008/08/12

ユーモア

ユーモアとかマナーとか英会話とかをテーマにした記事で時々見かけるこのエピソード。
本当だったらあまり笑い話にならんなあ。

日本の森首相は英語ができないのだが、沖縄サミットを主催するにあたって簡単な挨拶ぐらい英語でと考え、
    "How are you?"
    "I'm fine. And you?"
    "Me, too."
    と続く一連の挨拶の集中講義を受けた。クリントンと会った森首相はさっそく成果を披露。

    【森首相:(手をさしのべながら)】 "Who are you?"
    【クリントン大統領:(少々驚きながらもほほえんで)】
    "I'm Hilary Clinton's husband."(私はヒラリー・クリントンの夫です)
    【森首相:(戸惑いつつもほほえみを返し)】"Me, too."


2000年8月3日の産経新聞によると、この「ジョーク」の作者は台湾の著名な有識者で、オリジナルはアジ ア某国の元大統領が失言の主という設定だったという。 発言の時期や場所まで変えられて、国際的伝言ゲームの様相を呈しているこのジョーク、信憑性がありそうに聞こえるところが情けない。ちなみに、外務省がそ ういう事実はない、と必死で否定したという。

Me,tooでほかにもジョークがある。

公衆便所で用をたす男。

背後からホモの男性が突然抱きつき、用を足している男を襲おうとする。

襲われた男は、ホモ除けにと友人から教わったフレーズを思い出した。

「Stop! Stop it! I'm AIDS!! 

こう言えばたいがいのホモは恐れをなして行為をあきらめるそうだよ」

背後から執拗に抱きつくホモにこう浴びせかけた。

「Stop! I'm AIDS! Stop it!!」

背後から、荒い息遣いとともに帰ってきたのは、想定外の言葉だった。

「Me,too.」

 

 

 

 

 

2008/01/13

ウルトラリアル

Ronmueckmakingof_2

Ron Mueckという人を知ったのはどこかのブログ記事。DIGITAL DJやったかな。

ものすごくリアルなシリコンモデルを、ちょっと変わったスケールで作るアーティスト。

まずはこれを見てほしい。右の写真は実は生身の女性ではない。




鬼才としか言いようがない。

リアルに物を作るアーティストはたくさんいるかもしれないが、それを、ちょっと(一部作品ではかなり)スケールをずらして、まず見る人の心に強烈なインパクトを与える。

動画に出てくる、巨大な少年なんか、子供のときに見ていたら夢でうなされただろう。

生まれて初めて女の子とキスをした日、初めて、数センチの距離で、その女の子のまつげの生え方や眼の周りの細かな起伏、髪の生え際なんかを見た。とてもきれいに出来ていて、飽きることなく長い間眺めていたように思う。今となっては少々きれいな人とお近づきになってもいちいちまつげがどうとかはなんとも感じないが、おそらくこういう芸術家は、観察眼がいつまでも風化しないから、どんなものでも自分の表現世界に結び付けてゆけるのだと思う。


ほかにもたくさんあるようなので、Mueckの世界にしばし足を踏み入れてることにする。

メモ:   GGL-pic  YTB


 

2007/12/13

Carl's Jr.

1990年前後、箕面市稲に一軒、梅田GARE内に一軒、Carl's Jrバーガーがあった。

少々値は張るがあじ、ボリュームともにまさにアメリカンなハンバーガーショップで、とても気に入って、利用してた。

たしか93年ごろにはお店はなくなっていたように思う。
今でも時々食べたくなる、濃い目のバーベキューソースとカリカリベーコン、でかいパティ。。。

いまなら6Dollar Burger を1個買うともう一個プレゼント。僕でもちと多いかな。
http://www.carlsjr.com/coupon/burgerslayer.jpg


リンク: Carl's Jr..



2007/12/06

職業倫理 矜持

リンク: 株式会社吉野家ホームページ.

リンク: <吉野家>アルバイト店員2人を処分 山盛り豚丼動画(毎日新聞) - Yahoo!ニュース.

「テラ豚丼」動画事件での吉野家のアクションは抜群に早かった。そして適切だったとおもう。

「ゆとり」以降の世代に「職業倫理」なんて、辛気臭くて理解できないといわれるのがおちなのであれば、公開の上でばっさり処分するしかない。


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博多もんな横道もん ~読めば納得!博多弁講座 より~

リンク: 焼酎の本場・九州・博多のよか酒屋「三宗酒街道」 ★読めば納得!博多弁講座★.

博多もん云々が気になって調べてると、なんとも惹かれる博多言葉のまとめ。

先の言い回しはこんな意味らしい。

博多っ子気質はどこか江戸っ子と似たものがある。それを言うのが「博多のもんな横道もん青竹割ってへこにかく」だ。

第三者が皮肉に言うのではなく「博多の者が横道(横着)者であることは天下公認の事実。あたき(私)だちは青竹をへし割ってふんどしに締めてみせるぐらい の心意気ば持っとるばい」と自分で意気込んでいるのだが、これまた冒頭の江戸っ子気質同様「へこの銭ぁ払いきらん」と落ちがつく。


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2007/12/05

せかいもん sekaimon

YahooとeBay(取扱高は年間5兆円を超える)が提携して、eBayの商品が日本語UIで検索、購入できるサイト セカイモンhttp://sekaimon.comを立ち上げたとニュースで知った。

寝室に行く途中でチラッと頭をよぎり、落としていたPCの電源をもう一度いれ、もすこし起きてようかな、とワインをあけ、チーズを切り、オリーブのビンをあけ、アクセスして見ると。。。

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2007/11/29

ストリップ

リンク: asahi.com:「十三ミュージック」経営者ら逮捕 公然わいせつ容疑 - 社会.

ストリップ劇場で公然わいせつ罪摘要→逮捕 となったそうな。

ストリップっていうのはそもそもそういうことをするんだと思ってたが。。。。。

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2007/11/26

ダレル ロイヤルの手紙

-テキサス大アメフト部の 名コーチ、ダレル ロイヤルが夏休み帰省中の選手達に送った 手紙より-

親愛なるロングホーン諸君

打ち負かされる事自体は、何も恥じるべき事ではない。

打ち負かされたまま、立ち上がろうとせずにいる事が恥じるべき事なのである。

ここに、数多くの人生での敗北を経験しながらも、その敗北から這い上がる 勇気を持ち続けた、偉大な男の歴史を紹介しよう。

1832年 失業
1832年 衆議院選、落選
1833年 事業倒産
1834年 衆議会議員当選
1835年 婚約者死去
1836年 神経衰弱
1838年 衆議会議長落選
1845年 下院議員指名投票、敗北
1846年 下院議員当選
1848年 下院議員再選失敗
1849年 国土庁調査官を拒否される
1854年 上院議員落選
1856年 副大統領指名投票敗北
1858年 上院議員、再度落選
...
そして1860年 、アブラハム リンカーンは第十六代 アメリカ合衆国大統領に選出された。

諸君等も三軍でシーズンを 迎え、六軍でシーズンを終えるかも知れない。或いは一軍で始まり、四軍で終わるかもしれない。

諸君等が常に自分に問うべき事は、打ちのめされた後、自分は何をしようとしているのか?という 事である。 不平を言って自分を情けなく思うのか、それとも闘志を燃やし再び 立ち向かって行くのか、という事である。

今秋、フィールドでプレー する諸君等の誰もが、必ず一度や二度の屈辱を味わされるだろう。 今まで 打ちのめされた事が無い選手等、存在した事は無い。
ただし、 一流の選手はあらゆる努力を払い速やかに立ち上がろうと努める、 並の選手は少しばかり立ち上がるのが遅い、そして敗者はいつまでも グラウンドに横たわったままである。

ダレル ロイヤル

どうも僕には説教くさい記事を書いてしまう傾向があるみたいで、こういうのを見つけると俄然書く気がわいてくる。

余計な修辞がなく、情熱をそのままぶつけたようなこの文章、出典は不明であるらしいが、2001年ごろからWeb上で見られるようになったらしい(GIGAZINEさん調べ)
読むだけで、胃のあたりが熱くなるような(胃がわるいのではない)、顔がほてってくるような(熱もない)、こんな、直球の熱さが僕は好きや。

内容はよく似ているが孔子が書くとこうなる。
「最大の名誉は、決して倒れないことではない。倒れるたびに起き上がることである。」


2007/11/17

holiday

Valdicecina2ctoscanaletrusco4851187

2007/10/29

タミータブ Tummy Tub その2

さて、豊中の某B店で買ってきたタミータブ、わくわくしながらトライ。
一日目を記録しとこう。

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2007/10/28

赤ちゃんを上手に寝かせるコツ

娘は3ヶ月を過ぎた。抱いていて、もう寝るかなーという頃に激しく泣かれると、あやすだけでへとへとになってしまう。
乳児を持つお父さん、そんな経験はないだろうか。

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Google Page Creator

リンク: Google Page Creator.
ググねたでもう一発。
ページクリエイターのサービスを一度確認してみてほしい。(Gmailアカウント要)
何のことはないGUIに見える。特に感動はない。が、いまさら、いわゆるホームページ作成ツールなんかをWebインタフェイスにこだわって完成させてサービスとして公開するところ、ここがGoogleの面白いところではないかなと思う。

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2007/10/27

タミータブ Tummy Tub

BABYの入浴に使っていたベビーバス(空気を入れて膨らますやつ)が、
夕方気づくとぺっちゃんこになっていた。今日のお昼に僕がお風呂に入れた
後にどこかで引っ掛けて穴を開けてしまったらしい。

じゃあ明日は「BABYに海を見せる計画」をやめにして、
「首が据わったら使おう」とかねてから目をつけていたベビーバス

 『タミータブ』

を買いに行くことに。

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2007/09/24

PかつM

三隅二不二PM理論に関して、数年前に会社の研修で教えていただいた。理論と実践にギャップのあるのは往々にしてあることと思うが、この講義を受けたときには自分でも理解してP行動とM行動のバランスを保てる気になっていたが、ここ数ヶ月のあいだの私は全くお粗末なバランスだったと、ふと、気づいた。気づいてよかったと心から思った。気づかせてくれた(クレームをくれた)皆さんには感謝の気持ちで、助けてもらった、という感じがある。誕生日大全によると来年は勉強の年らしいので、入り口だけ覗いてきたいろんな分野の勉強にすこし力を入れたい。今が正念場。

朋有り、遠方より来る

シュールなおにぎり青年だったJさんが東京に行ってしまってしばらくたっているが、先日、大阪に立ち寄る旨知らせてきてくれた。忘れず声をかけてくれたことがうれしい。久々に会って話すと、とても充実した時間に。
東京では彼の持ち前の誠実さが光り、順調に前向きに仕事が進んでいるようで、聞いているこちらも楽しくなった。私の近況も話すと同じように彼はよろこんでくれ、お互いのポジティブ材料になった。

この記事につけたタイトルをググると、こんな解説が。

『朋有り、遠方より来る、亦悦しからずや』(ともあり、えんぽうよりきたる、またたのしからずや)と読みます。
『朋』は、『同じ先生について学んだ者』という意味です。
訳は、『同じ先生の下で学んだ学友が久しぶりに遠くから、訪ねてきた。話し合ってみると、あのころよりもお互いの学問が進んでいることがわかって、何とまあうれしいことよ』です。

『悦』の内容は、先生の下から離れて、互いに研鑽を重ねて学問が高い境地に『お互いに』到達していたことを喜び合っているのです

しばらく会ってない間にお互い仕事がうまく行っていて、それを素直によろこびあえた、まさにこんな情景だったにちがいない。

2007/07/03

誕生

娘が生まれました。
今朝5:00に、2680グラムで。
泣き声を聞いていると、この子を幸せに育てたい しっかりした人間に育ってほしい と心から決意し、願います。
この子が成人するころの世の中はどうなっているでしょうか。どんなことがあってもしっかり生き抜いていってくれる強さを、しっかり身に着けてもらえるように、知恵を絞って、この子と一緒に考えていきたいです。

立会い出産はいいものだと思いました。一緒に生んだという感覚があります。子を迎えたことによって、夫婦の絆も強まったように感じます。
寝顔を見ていると、心のそこから勇気と希望が湧いてきます。

さあ、本番の始まりです。

2007/06/28

将の将たるか

「背水の陣」で有名な漢代の武将、韓信。
時の漢王、劉邦に重用された彼の、たくさんのエピソードの中に、こんなものがある。

劉邦はよく韓信と諸将の品定めをしていた。劉邦が韓信に「わしはどれくらいの将であろうか。」と聞いた所、韓信は「陛下はせいぜい十万の兵の将です。」と答えた。劉邦は「ではお前はどうなんだ。」と聞き返したところ、「私は多ければ多いほど良いでしょう。」と韓信は答えた。劉邦は笑って「ではどうしてお前がわしの虜になったのだ。」と言ったが、韓信は「陛下は兵を率いることが出来なくても将に対して将であることができます。これは天授のものであって、人力のものではありません。」と答えた。(ウィキペディアより)

歴史上の有名な武将や指導者の言葉に関しては様々な解釈や議論がつきものであるが、松下幸之助の「指導者の条件」の中での解釈は、以前書いた「フォロアーシップ」の観点に共通する部分がある。松下翁の解釈をさら僕なりに解釈するとこうだ。

人の上に立ち、物事を成し遂げるには、自分の部下に対してすべての面で勝っている必要は無い。個人の力の優劣と組織のヒエラルヒーを無理に重ね合わせず、自分の部下が最大限に実力を発揮できるように、上手に指導できることこそが大切なのである。

上司や将は、自分より優れている分野を持つ部下を恐れるのではない。その力を借りて組織全体の功績をさらに大きくすることが、その部下にとっても、組織にとっても、ひいては社会にとっても有益なのだということを、よく部下に説き、心置きなく力を発揮させる。そのことが大切なのである。

部下や臣(兵)は、自分の上司が自分よりも劣る面があるからといって、小さく評価したり、見くびったりするのではない。自分の得意分野での活躍を上司に提供することで、上司の影響力、指導力をさらに向上させることができる。上司がリーダーシップを果たす助けになることで、自らを高めることになるのである。

ボキャブラリ足らずで誤解を生む文章になっているかもしれないし、松下翁の書いた本来の趣旨から見ると拡大解釈になるが、劉邦と韓信のやりとりについては、私はおよそこのように解釈している。ドラッカーの言う「役割としてのリーダーシップ」もここに通じるものがあるのではないかと思う。

いろいろ書いてきましたが、ことリーダーシップやフォロアーシップ、組織論、人材育成に関しては、このサイトを訪れる諸兄のご意見を聞かせて頂いていて、さらに考えを深めることができたら、非常にうれしく思います。

2007/04/07

仁者無敵

リーダーシップ論やフォロアシップ論のまえに、自覚 という言葉をもう一度復習しよう。

自分の感覚はもちろん自分にしかわからないが、自分が今どのように振舞っているか、周りの人たちとどのように和しているか、それとも困らせているか。この一年でいろいろと教わることもあり、今まで無かったような大きいものを任せてもらって、やりがいと達成感はかずかず得てきたが、適時振り返って自分を含む周囲を俯瞰し、一歩外側から冷静に判断する、自分を客観的に見ようとする そういうことができていたか。

否 である。

今気づいたのが遅すぎると考えると後ろ向きだろうから、じゃあここからどうやって盛り返すか。論ずるは易し である。人に道を説いている場合ではなかった。ましてや、進んで人の指導を買って出るようなところまで成長してはいなかった。とても恥ずかしい気持ちになった。

心に留めたい言葉があったので残しておこう。


    「仁は人の心なり、義は人の道なり」:孟子
    仁とは人が人としてもたなければならない"良心、真心"、義とは人が人として踏まなければならない"正しい道"である。

    仁とは相手をおもんばかる心、かわいそうだと思う憐憫(れんぴん)の情であり、そうした仁があるからこそ、義としての善悪の判断がつくのである。
    「義をみてせざるは勇なきなり」で、何が義であるかを決めているのは、人間としての思いやり、慈悲の心である。
    弱きを助け強きをくじく行為は義侠心といわれるが、これとてその根底にあるのは思いやりの心である。

    「義に過ぐれば固くなる。仁に過ぐれば弱くなる」:伊達政宗
    仁は優しく、母のような徳である。高潔な義、厳格な正義を、特に男性的であるとするなら、慈愛(仁)は女性的な性質である優しさと、さとす力を備えている。私たちは公正さと義で物事をはかるばかりでなく、またむやみに慈愛に心を奪われでしまうことのないように教えられている:「武士道」新渡戸稲造
    武士たる者は、「智」によって「仁」と「義」のバランスをとり、どちらかにかたよりすぎてもよくない、と教えられたのである。

    「武士の情け」
    武士にあっては、たんに女性的な慈愛ではなく、正義にもとづいた"厳しい愛"でなければならないといっている。儒教では人間の行うべき徳のトップに「仁」を置いているが、武士道では支配階級としてより困難な「義」を筆頭に持ってきたのである。

いま、なぜ「武士道」か  岬龍一郎 致知出版社

引用の引用になってしまっているかも。

軍隊式に会社の組織を統率する必要はまったく無いが、統率に関して一番よく研究されているのは軍隊に違いないので、その理論は十分応用できる。少なくともリーダーシップにおいては、習うべき武将の行いや判断がたくさんある。

そんな、名将の言葉や行動をまとめたのが松下翁のいくつかの著書になっている。読むと非常に勇気付けられる。

上の引用の話に戻すと、自分の進め方が、非常に「仁」に寄った部分と必要以上に「義」に寄った部分があるのに気づいた。遅くは無いと思うので分析と軌道修正に励むことにする。

生家に古い大きな書があった。幅1600ぐらいあったろうか。縦は400ぐらいだろうか。額縁のついたその大きな書には、「仁者無敵」とあった。聞くと祖父は時代の生命保険業界で有名な営業マンだったらしい。祖父の部屋に大きく掲げてあった。そんな大きな書を掛けられるほど、鴨居の上は高かったし、部屋は広かった。
父にその意味を尋ねたのはたぶん小学2~3年のとき。「人間的にやさしくて思いやりのある人は、世の中で一番強くて偉い ちゅう意味や」と、たしか、当時35歳ぐらいだった父は私に教えてくれたと記憶している。

心に深く残るこの言葉によって、以後の人生で、やさしいことが最大の美徳と信じるようになったのだと思う。

2007/02/10

フォロアー

前の職場で受けさせてもらったセミナーの中に「フォロアーシップ研修」というのがあった。

リーダシップと対を成すものの考え方としての「フォロアーシップ」という言葉。企業の人事・教育担当者でなくとも耳に覚えがあると思う。 世の中には、フォロアーシップのみにターゲットを絞った教育研修があり、人材育成コンサルタント会社などによって提供されている。文献もいくつかある。

当時私はシステム開発に携わっていたが、IT業界をはじめ技術界では「リーダー受難の時代」と言われていた。

プロジェクト制で動くことが多いIT業界では、永続的な組織のなかで人間関係をじっくり熟成させることが難しく、封建的な序列も影が薄くなり、組織内での縦の圧力も、商社や製造業よりは、よわい。テクノロジに関しては、吸収力の高い若い技術者は、入社3年目前後でもたつと、時として、分野によっては先輩や上司をはるかにしのぐ生産物を生み出すこともある。ところが、いかんせんその時点で彼はまだ25歳。人間を見る目など完成しているわけも無く、先端テクノロジに関しては優秀でないがチームマネジメントに長けるベテラン といった種類の先輩や上司を尊重しなくなってゆく。

自分の専門分野で自分より秀でていない者を尊敬できないのだ。

リーダーや先輩が偉いから尊敬せよというのではもちろん無い。

チームのメンバそれそれが最大限にその特色と力を発揮できるよう、協調しあう、尊敬しあうことの大切さ というのは、なかなか文字に書いて理解されるものではないが、そこに如何に早く到達するかで、その後の人生の展開が変わってくるといっても大げさではない。いままで手でこいでいたボートをオールでこぎ始めるようなもの。

新田次郎の「孤高の人」で、主人公を死に追いやってしまう若い登山家のような、若さゆえの傲慢、過信、盲目、それらいわゆる「若さ」(悪い意味で)が、若い未熟な技術者の瞳に見て取れたとき、非常に悲しい思いで彼を諭したものだった。

同時に、育てる側の自分たちにも問題があることにも気づいていた。「不必要に相手の心に踏み込まないことが、大きなトラブルを招かない処世術」といったような風潮が、確かにそこにあったからだ。

2007/01/18

幸運なこと

Ni0031m

一番たくさん口にする言葉は、自分が一番気にかけていることや、自分のコンプレックスの裏返しであったり、目指したい方向であったりすることが多い というのは、どうやら本当のことみたい。

折に触れて僕は、「ひとの言動に関して意見はするが人物の好き嫌いでコメントをしない」ということを言うが、ときに、その言葉に関して自分でほんとかなと思うときがある。厳密に言えばうそである。それを目指してやまないのは本当やけど、怒ったり喜んだりするのはどこか好き嫌いがあるからかもしれない。

どれだけ厳しい意見を言うときも、その人が憎くて言うときはほとんどない。ほとんどないがゼロではない。ゼロでなくてもいいと思ってるが、それって実は胸を張って言うことでもない。

日ごろ何に一番腹を立ててるかというと、他者に、「なんで、全体の利益を優先に考えないのか?」という思いを抱いたとき、自分優先に考えて行動するその人の行いに腹を立てる。
(まぁ、周りのみんなが全員そんな人だったら、それはそれで僕がまだ知らないいろんな不都合があるのかも知れんけど)

でも、全体を優先しろ というのは僕のエゴなので、僕は、正確には、「全体の利益を優先してほしいと思っている僕の希望をみんなで聞いてほしい」と思っていることになる。

そう書くと、なんとも恥ずかしい自己中心的な心の動きやけど、そう思う人が複数、できれば大多数いれば事態は違ってきて、「全体の利益を優先に考えるべきと思ってる人をメインにチーム力を発揮したい」と思っている人がグループになれば、言わずもがな、1+1>2となる世界が見え始める。

そういう状態を作り出すことができていない自分や自分がいる集団にいらだっている状態が、さっきの「なんでみんなそうなの!?」状態や ということになる。

どうすればできるだけたくさんのメンバの力をうまく引き出して大きな成果を出せるか、何時間考えても飽きへん。それは僕にとってものすごく幸運なことで、その点は、両親が僕にたくさんのことを教えてくれたこと、今まで接してきたたくさんの人とのたくさんのお付き合いに感謝します。

2007/01/14

2007

2007年が始まって、予定通り忙しい。忙しいことが見越せるなら何とか手を打っておくのがおとなの流儀というもんだが、まぁここはそうも行かない。ほどほどの忙しさのほうがみんないい感じに前進や成長を実感できるとおもう。

引っ越してしまってからのおしらせになるが、このブログは引っ越した。ここは新しいほう。旧サイトには案内をしてるし、この記事より前のものはすべて同じなのでまあお許し願いたい。

ワイフの検診にすべて同行しているが、エコーの画像で見るわが子はものすごいスピードで成長していて、もう身長は12センチにもなるのだそうだ。エコーで両親が見ていることを感じてなのか、しきりに足を動かしたり、ピョン!とはずんだり、手を広げて見せてくれたりする。早くも親思いなやつ。サービス精神旺盛はうれしいが落ち着きがない といわれて育った自分の子供時代を思い出して、遺伝子ってすごいなあとバカ単純に感心したりする。
あほみたいやけど、この際あほでいいです(笑

2006/12/31

2006

占いによるとココから3年間は運気が良いと何かで読んで楽観的な気持ちでスタートした2006年を振り返る。

まずは転職準備の1月

当時の担当プロジェクトのひきつぎを進める中で、SE稼業について考えさせられた2月

残務整理と手続きで慌ただしかった3月

新天地で4月からの僕はいきなり部長職という厚遇を受けることになる。やりがいと責任がけた違い。

仕事に慣れることで精一杯だった5月。

自分らしい方針で部を動かすことに躍起になった6月。

必死で走ってるうちに過ぎていった7月。

夏のピークを何とかやり過ごして一段落、少し気持ちの緩んだ8月

半年が経ち、自分のリズムが出来てきた9月(でもそのリズムは週休1日や)。

経営者と話す機会が増え、社内でのスタンスも少し安定してきた10月。

そして、ジュニアの命が芽生えたことがわかった11月。こんなに嬉しいものとは!

12月は、次のステップに向けて仕事も暮らしも力を入れなおすプランを練り直す。

昨日12/30 ようやく38歳になったが、歳の割に頼りない自分に少々ガッカリの場面もまだまだあり、40にして惑わず には程遠い。

明けて2007年はとうとう、パパになる。もとい、父になる。

長年、心にあった、自分と父の心の交流に関する悩みや、自分の心の中の理想の父親像にまつわるいろいろな思い、いよいよ実践に移す本番の時がきた。

2006/09/24

モラルか文化か

たとえば、野球選手が監督の采配が気に入らず、報道陣を前に批判をさらす。
http://www.asahi.com/sports/update/0924/205.html
会社でこれが許されるか?上司への不満をマスコミに話す?論外というか情けないというか、僕的には極刑や。
若い人 なんて言いかたしたくは無かったけど、なんかおかしいな。

儒教的である必要は無いけれど、先輩や上司、親や兄、姉を敬う気持ちがあれば、と思う。そもそも「敬う」ということが出来なくなってるのか???本人がいっちょまえにオトナやと感じたら、誰とでも対等やと思ってるのか???

親を敬えない環境もヨノナカにはある。しかし、それでも自分の親なら心のどこかで信じ、愛するのではないのか????目上の人に敬意を払うことの大切さは、近代の著名な文化人、経済人の逝去のたびにこの世から失われていっている。

2006/09/12

こころ

お葬式で、親戚が集まると、普段聞けないような、大先輩の話が聴ける。話題のそこここに現れる、人生の大先輩たちのアドバイスが、自分が普段心がけていることと似ていたりすると、とても、安心 というか、心強い というか、自分がやっていることを認めてもらったような、うれしい気持ちになる。大先輩たちは、僕がやっていそうなことを見透かして、そういう話題で楽しませてくれているのかもしれん。考えすぎかな。
ともあれ、一生懸命はなしてくださるその姿に、「大事にされてるなあ」と、非常にうれしくなる。心からのアドバイスなので、こころして受け止めんとあかん。アドバイスの中には、つい、「自分ではそれを実行してるつもりなんですが。。」なんてのどまで出そうな話題もある。しばし待て。僕が実践しているかもしれない内容なんて、もしかしたら、すでになんとなくわかってはるのだ。そのうえで、「もっとやれ」 ということなのだ。やり方が生ぬるいか、やるテンションがまだまだ低いか、何かが足りなくて、アドバイスしたい気持ちにさせてしまっているんや。そうかんがえると、まだまだ足らんなあ と自省もできる。

ええカッコばっかり書いてるように見えたらごめんなさい。でもほんとに、こころの力で人をひきつける、いいチームワークを生む、こころから幸福に仕事に打ち込む これがやりたいんですわ。
なんかしらんうまいことやって、うまいこと巨額の金を儲けてウハウハな生活 なんて要らんのですわ。
こころからおもろい仕事を、信頼できるチームですすめて、それが世の中の役に立ったら、それが最高。
目標は、そこ。現状は、う~ん、足らずがいろいろ。さぁ~~明日からまた勉強勉強や!

ビリヤード部 第2回活動は今週金曜日。
週末は、葬儀疲れのお義父さんお義母さんを慰労に(?)、金沢へ。
小松基地の航空際も、行けたら行きたいなぁ。。

2006/09/11

弔事

福岡は大好きな土地やのに、最近は弔いごとでしか行ってない。
何年かぶりにお葬式に出るが、出るたびに、自分がもうすでに社会の一員になって長年たち、次の世代に残すもののことを考えないといけないこと、僕が自由に使える時間はだいたいあと40年ぐらいしかないこと、そんなことが頭を占める。40年あるなら、これまで身に着けてきた知恵をうまく使えば相当のことができるはず。もっと というなら、今まで以上に先人の経験や知恵をしっかり受け継ぐこと、それしかない。理屈はいえるが、僕はそれをやっているかな。

2006/08/07

330型セドリック

sedo.jpg
小学生6年のころ、家の車はセドリックのバンだった。
当時としては非常に珍しい、ディーゼルの乗用車。確かいすゞフローリアンかセドリックしかなかった。いま調べてもラインナップに無いが、間違いないと思う。知らないガソリンスタンドに入るたびに、軽油ちょうだい と父が言い、店員は えぇぇっ? ってなってたので。
無線機の仕事をしていた父は、もちろん車にも無線機を積む。助手席のダッシュの中に埋め込んだり、足元に埋めたり。そもそも良く車を買い換える人であったが、買い換えたらすぐにそういう改造をしていた。
写真は同型のもの、拾ったものを無断拝借します。この車で出かけて同型車に出会ったことはあまりなかった。1980年以前は車自体もっと少なかったのかな。
この車を父と一緒に洗うのが大好きだった。
これに積んでいたエンジン、LD28なのかそれ以前のものなのか調べがつかない。
たしか、ディーゼルだから2800でも5ナンバーの扱い とか何とか。。

2006/07/20

書く元気

仕事が忙しいとかナントカは書かない言い訳で、ほんとは、大事にしてたハバネロがひと株枯れてしまったり、わ